2015年08月

2015年08月25日

まあ一応。参拝。

先月参拝できなかった、須磨寺

今日、雨の中お参りしました。

てだけど、まあそういうこと。


 


先日のIn Deepさんの記事を読んで、瞑想しようかと・・・

毎度挫折しているけど。

でも、家の本を漁っていると数息観でも、ともわれ「調息」だけもまずは良いらしい。

てことで、少し挑戦します。

ともわれ参拝は、

駆け足で、本堂・護摩堂・三重塔・正覚院・大師堂と石仏の大日如来さんにお参り。

出来るだけ延命十句観音経・百字偈・心経と、各真言をあげさせてもらいました。

まあ、でも、ほっとしました。

なにか最良の息抜き・気分転換の一つです、お寺の参拝は。


 
{大師堂の空海さん}て見えにくいけど

ではまた。


henzyouhiryuu at 20:41 | 寺社巡礼とか  

2015年08月24日

寸止めに気をつけろ。  渾沌堂

読めないニックネーム より

上記文抜粋
・・・・・・・・・

イメージ・シンボルの意味・解析・使い方について。
前回の記事で
”支配層があなたを支配できるのは価値観を操作しているから。
 搾取システムを崩すという発想自体を奪うために、
 拝金教、
 デモ教、
 選挙教、
 過労死教
 などの宗教があります。”

と私は述べました。

 今回は、価値観を操作する道具として多用される象徴についての記事です。
一番使われている(支配者に悪用されている)象徴である、
✝十字架✝による潜在意識操作(=魔法)について説明します。 

 ✝と3B(赤ちゃん、美女、動物)をセットにすることで、3Bへのよいイメージを✝にも持たせることができます。
とにかく良いイメージを与えるものとセットにするのが重要。

 例えば、物語の活用。
 フィクションでイケメンや美女(片目が隠れている)に十字架を持たせて活躍させると効果的な印象操作ができます。
物語に支配層のシンボルが大量に埋め込まれているのは洗脳するためです。
 物語は潜在意識に働きかけるので、論説文よりも強力かつ無自覚に洗脳されてしまうのです。

 他にも具体例は沢山ありますが、
 ✝教会で結婚式✝、
 ✝病院✝

などの、良いイメージがある(ように情報操作した)ものに十字架というシンボルを組み合わせることで、あなたの潜在意識に入り込み、あなたの十字架へのイメージを操作します。
潜在意識に干渉されると、自覚しにくいのでより強烈に洗脳されてしまいます。
意識されないように何度も干渉することが効果的に洗脳する秘訣です。

✝が出てきてももう違和感がないでしょ?

違和感がないってことは疑うことすら難しくなるってことです。
一つ目には敏感でも、十字架に敏感な人は少ないでしょうね。

そして、憎まれ役をセットで創ることで、イメージ・シンボルによる洗脳をより強固にします。

 マスコミではイスラム=悪
だというイメージを与え、

 ネットではユダヤ・在日=悪
というイメージを与えます。

 これにより、相対的に十字架=キリスト教に対するイメージを良くすることができます。
 イエズス会が17世紀に勝手にユダヤのマークに決めたダビデの星に、
ユダヤ陰謀論で煽った的外れの憎しみを集めているのも、イメージ・シンボルによる操作術の一例です。

 アイドルと同じ原理のエネルギー集中装置です。

支配層
(王族・貴族・皇族・教祖などキリスト教・大本教系上層部)
は恩を与える役は進んで受け、

 憎まれ役は他人
(下っ端の実行部隊=ユダヤ・在日)
に請け負わせればいい、

という『君主論』にある支配の鉄則を守っています。

 『君主論』は支配層の視点で書かれている大変素晴らしい本ですので、是非お読みください。
 支配層の視点がわからないから、
「支配層が作った偽の反対派=寸止め陰謀論者」による、
「洗脳を解くふりをして、嘘に現実感を与えることで洗脳する詐欺」」
に騙されるのですよ。
 嘘に現実感を与える詐欺ってカルトそのまんまですね。




・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
抜粋終わり


>支配層
(王族・貴族・皇族・教祖などキリスト教・大本教系上層部)
は恩を与える役は進んで受け、
> 憎まれ役は他人
(下っ端の実行部隊=ユダヤ・在日)
に請け負わせればいい、
>という『君主論』にある支配の鉄則を守っています。

韓非子に言わせれば、賞と罰は、同じ権力者が、統一的も持つべきという。

となると、支配層と「憎まれ役」は、ほぼ一体であると言い得る。


さらに抜粋
・・・・・・・・・

フィクションの魔法描写で現実の魔法は目に見えないことを隠す。
宗教と物語で潜在意識を改悪。 

闇の魔術に対する防衛術 
=洗脳技術の名前を学び、見える化して洗脳を自覚。

名づけ 
=分類して存在を自覚させる魔術。 
差別や病気も名づけで捏造。


紐付き陰謀論者は出版業界も完全に支配されていると言う癖に 
「あなたの指摘する真の黒幕が正解ならなぜ本が出せるの?」
という質問に答えられない。 
親分がキリスト教(大本教系など和風✝含む)なのを隠す為に生じた矛盾。

工作員「三角目玉の多さが、生活がユダヤに支配されている証拠」 

私「一番多い支配層のマークは十字架。 
病院の✝・西暦・結婚式・日曜日が休日
など生活を支配しているのはキリスト教。
どこがユダヤ? 
三角一つ目(新キリスト教)で 
✝(キリスト教)を隠すのが仕事?」

イスラエルの帰還法のユダヤ人の定義は不合理。 
①ユダヤ人が母←Xの定義にXは使えない。 
②ユダヤ教徒←宗教で民族は定義不可。

【ユダヤ=金融業の資格】 
の支配権と通貨発行権を持っていた選帝侯(キリスト教徒。大貴族)の子孫が英国王室。

白人偽ユダヤ人が銀行を支配
=白人キリスト教徒が銀行を支配。
「ユダヤ=キリスト教製の煙幕」 をなくすと、
黒幕=キリスト教が丸見え。 
✝が悪魔やユダヤに乗っ取られたという言い訳は、
「キリスト教=悪魔崇拝(製造工場)」なのを隠すため。

『国家神道=天皇一神教 
の元ネタは平田篤胤 
平田篤胤はクリスチャンで 
1806年の『本教外篇』で 
和風キリスト教=神道にした。 
ハングルから神代文字を捏造。

右翼四天王 
徳川光圀・本居宣長・平田篤胤・佐藤信淵 
の後継者✝が 
神社本庁・大本教・生長の家・神道政治連盟・日本会議。 
神道=和風に偽装する隠れキリシタン用の宗教。

「聖書の登場人物は実在しない」と言う癖に
#日ユ同祖論=聖書の失われた10支族の実在が前提のイエズス会製品 
が真実だと言うのは矛盾。 
同祖論はキリスト教の布教とセット。 
日ユ同祖論を布教する陰謀論者=宣教師。

聖書が前提である 
イスラエルの帰還法のユダヤ人の定義 
①ユダヤ人が母←Xの定義にXは使えない。 
②ユダヤ教徒←宗教で民族は定義不可。 
∴ユダヤ「人」という「民族」は捏造。 
寸止め陰謀論 =囮(ユダヤと在日)に罪を押しつけ真の黒幕(キリスト教)を守る行為。

#キリスト教 と #日ユ同祖論 と #ユダヤ陰謀論 
は三位一体。 
本物ユダヤVS偽ユダヤ 
の二元論に持ち込んで前提(聖書)を疑わせない為のキリスト教洗脳。
○ユ同祖論の歴史にユダヤ教徒が出てこない。 
キリスト教と同祖論が結びついていることは隠されている。

佐伯好郎は、秦氏をユダヤ系ネストリウス派キリスト教(景教)徒の民族だとする、 #日ユ同祖論 を主張。 
クリスチャンが渡来しただけ。 彼の支持者はキリスト教徒。 
ユダヤ系と偽ユダヤという言葉は、キリスト教徒と言いたくないからキリスト教が発明。 
偽ユダヤ=✝。

陰謀論者判定法 
イエズス会三大発明 
①日ユ同祖論 
②ユダヤのマークとしてのダビデの星 
③秘密結社の陰謀論 

聖書が根拠の①を否定し、
②と③がキリスト教製だと指摘しているならOK。 
※通用しない勢力もいるので注意

知識を与えないことが善=キリスト教の反知性主義。 
知識を与えないことが悪=百科全書派の啓蒙主義。

キリスト教に対抗する手段だった知識・科学・理性重視が目的化し 
理性崇拝=新キリスト教になった。 
バチカンとグルになった大東社も 
①絶対的存在
②反知性主義で支配。 

新キリスト教 
=多神教やインド思想や科学に偽装して矛盾を減らした①+②✝


・・・・・中略・・・・

U ‏@wayofthewind 
文明開化とは、キリスト教化されることだった。

そして二度に及ぶ大戦へ。

戦争を画策するのは、キリスト教財閥なのだから。

麻生も石破もクリスチャン。

リチャードもベンジャミンも、クリスチャンネーム(笑)

ここはキリスト教世界だったのさ!

文化といえば、昔は文芸。 ここもキリスト教世界。 日本最大の文学賞だって、芥川賞はクリスチャンばかりで、直木賞はマイノリティが優先される。 その賞を主催する日本文学振興会は文藝春秋社のビルの中(笑) 文春はGHQが最初に指揮下においた出版社でもある。

芥川賞と直木賞というのを日本文学振興会(文藝春秋社のビル内にある)が主催しているが、なぜか受賞者はクリスチャンとマイノリティばかり。それもそのはず。文芸春秋社はGHQが真っ先に支配下においたメディアだったのだから。http://twitter.com/search?q=wayof

ヤクザの組長がクリスチャンへ、という逸話が美談のように持ち上げられることが定期的にある。 これはバチカンとマフィアが懇ろなのを揶揄しているのか?(笑) どんなに悪事を働いても、教会で懺悔をすればアメイジング・グレースが流れて清算される、みたいな薄気味悪さを覚えるよ。

元住吉会から牧師に転身というパターンがやけに多い。 牧師ということはプロテスタントだね。 CIAの汚れの仕事を散々請け負って、引退後は口を噤んで教会で隠居ってことかな? ヤクザという名のキリスト教エージェントの一生。

プロテスタントでは、なぜ神職を牧師と呼ぶのか? 人間を羊だと思ってるからさ。 民衆は何もしていなくても、罪深き子羊扱い。 人殺しのヤクザやマフィアはアメイジング・グレースを聴きながら無罪放免。 死の商人も原発マフィアも裁かれることはない。

北方謙三の抱影という小説に「キリスト教会に逃げ込めばヤクザは手出しができない!」って書いてあって、吹き出しそうになった(笑) ヤクザよりも教会が強いってことだもん。 それも当然、金貸しも奴隷売買も、昔から教会の許可がいったんだから。 どれだけの強制力だよって話。

キリスト組系神社本庁組。
キリスト組系創価学会組。 
キリスト組系統一協会組。 
キリスト組系生長の家組。 
キリスト組系幸福の科学組。 
広域指定宗教団体(笑) 
日本のカルトは、もれなくキリスト組の宗教舎弟です。

狼たちはAT娘にむせる ‏@wolvesknow 
右も左もキリスト教。 分け入っても分け入ってもキリスト教。 右も左もカルト。
仏教と見せかけてキリスト教。 神道と見せかけてキリスト教。 うぜー。。。
国会議員にキリスト教徒が多い理由。 天皇家がミッション系の学校に通う理由。

ないです ‏@41A32lddTRNhsvB 
@wolvesknow @kitsuchitsuchi なんで女性皇族はティアラかぶってんの? って言ったことあるけど誰も不自然に思ってなかったなぁ

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 5月9日
ピカチュウさんの
ルター「ユダヤの教会は燃やして住んでる家も打ち壊し、高利貸しの財産は没収してユダヤ人は全員奴隷、ユダヤ教を布教する奴は処刑」
ヒトラー「参考になるなあ」
これは面白い。ルターは王侯貴族をバックに、バチカンの金融特権屋だったユダ公から金融特権巻き上げたかった。


うさぎもち ‏@usagi_mochi22 8月19日 
赤毛のアンとかの、世界名作劇場。昔はよく観ていたが キリスト教圏ばっかで、どこが世界なんだろ?と最近思った。 世界なら、もっと多様な宗教観、地域、階層をやらんと。 欧米中心史を世界史て言うのと何ら変わらん。さりげなく洗脳。まるで他の価値観がないかのように。

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・・・・・・・・
抜粋終わり

>赤毛のアンとかの、世界名作劇場。昔はよく観ていたが キリスト教圏ばっかで、どこが世界なんだろ?と最近思った。 世界なら、もっと多様な宗教観、地域、階層をやらんと。 欧米中心史を世界史て言うのと何ら変わらん。さりげなく洗脳。まるで他の価値観がないかのように。

然りだ。

三国志も水滸伝も西遊記も岳飛伝もない。

太閤記も平家物語も太平記もない。

方丈記も源氏物語もない。


どこが世界なの?

て思った。


正しいでしょう、この判断。


さらに抜粋
・・・・・・・・・・・


おいらは、悪の魔道師を知る上で、悪の魔道師はイメージやシンボルなどを使って精神に働きかけるけど、逆に仏教では(密教除く)そういうイメージとかを排除して超論理のシステムで精神に働きかける。この違いを押さえておく事って凄く大事だと思う。ここがわかれば、全てがわかる真髄の部分だと思う。



・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり

>逆に仏教では(密教除く)そういうイメージとかを排除して超論理のシステムで精神に働きかける。

密教は、むしろその悪用を恐れて、「秘密」にして下手に口外しないが・・・空海も「正しいも悪いも、使うモノの資質しだい」ってなことを言っている。


有効だが、逆に使いようが難しいのが「イメージ」の技術。

だから理趣経すら読むな!って飛躍もある。それくらいに難しく危ない。

上記文抜粋
・・・・・・・

“このクソな格差社会の原因の根っこの部分は金ばかりじゃねえ、本質的な意味で「智慧」と現実を規定する「意識」の格差社会なんだよ。それなりにいい暮らししてる人の所には、現実をコントロールする(それこそ俺からしたら魔術の一種な)智慧があるんだよ。それが継承されていってる。”

“本物の学問は無条件に面白い。だからガキどもがスマホやゲームにハマって勉強しないのって、強要されてる勉強が本物の学問じゃないからじゃないかな?特に日本史がつまらないのは全部嘘ばっかりだから。正しい学校や教師のやり方としてガキどもがスマホなんてつまらないと投げてしまうくらいないとダメ”

“多くの人は、ほしい物が目の前にありながら取れないように自己洗脳をかけるようにされてるってわかった。幼児期の体験とかそういった事で、家畜になるように仕向けられてる。そして自尊心を破壊する教育で自殺にまで追い込まれる。ああ、心理学ってマジ恐ろしい。”

以上、魔法使いハンターねこたさんより。

・・・・・中略・・・・

帰ってきた魔法使いハンターねこた ‏@lakudagoya 
密儀宗教では、女性は常に密儀の開陳者なのだ。参入するのは男。知恵の女神アテーナーのように男性に霊感を与えたり、イルミちゃんのご本尊だが、(シンボルはフクロウだけんど)イシス様のよーに賢い母親が子供を王位につけるような話は女子教育の参考になるだろう。男性に知恵を与えるのは女神な。



・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり

>“本物の学問は無条件に面白い。だからガキどもがスマホやゲームにハマって勉強しないのって、強要されてる勉強が本物の学問じゃないからじゃないかな?特に日本史がつまらないのは全部嘘ばっかりだから。正しい学校や教師のやり方としてガキどもがスマホなんてつまらないと投げてしまうくらいないとダメ”

そうである。

いや・・・マジです。


>“多くの人は、ほしい物が目の前にありながら取れないように自己洗脳をかけるようにされてるってわかった。幼児期の体験とかそういった事で、家畜になるように仕向けられてる。そして自尊心を破壊する教育で自殺にまで追い込まれる。ああ、心理学ってマジ恐ろしい。”


それが「学校教育」です。

自尊心を破壊して、自殺にまで追い込む・・・・のが・・・。


>密儀宗教では、女性は常に密儀の開陳者なのだ。

仏教では、「仏眼仏母」「仏母般若菩薩」と言われてます。



ともわれ、お読みくださりありがとうございます。

henzyouhiryuu at 20:42 | 政治とか  

経済的合理性って、本当?

荘子    より

上記文抜粋
・・・・・・・・・

 恵子が荘子に向っていった「あなたの話は現実離れして実際の役には立ちませんね」。

荘子は答えた
「役に立たない無用ということが分かってこそ、初めて有用についてかたることが出来るのです。

大地は何処までも広大だが、人間が使って役に立つのは足で踏むその大きさだけです。

しかしそうだからといって、足の寸法に合わせた土地を残して、

周囲を黄泉に届くまで掘り下げたとしたら、人はそれでもその土地を役に立つ有用な土地だとするでしょうか」。恵子「それじゃ役に立たないでしょう」。

荘子は言った

「してみると、役に立たない無用に見えるものが実は役に立つ働きをしていることが、はっきりしたでしょう」。



・・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり



ネオコンの「経済合理性」に、日本の阿呆財界人が飛びつき、田舎の土豪劣紳が、庶民をいびり倒している。

でも、その末に、足元に立つところも無い。

ってなこと。


お読みくださりありがとうございます。

 

henzyouhiryuu at 20:18 | 名言の備忘録 | 古典を 

2015年08月23日

人間はちっぽけでもあります。

荘子 則陽編



上記文抜粋
・・・・・・・
魏の恵王が斉の威王と盟約を結んだが、威王がこれにそむいた。

怒った恵王は刺客をやり、威王を殺させようとした。

すると公孫桁(こうそんえん・魏の将軍)がこれを恥ずべきこととし

「殿様は大国の君主であられる。それなのに卑しい男がするような事をして仇をうとうとされています。私が武装兵二十万をお受けして、斉の国に攻め込み、その人民どもを捕虜にして牛馬の家畜を没収し、威王を煩悶させて熱病に掛からせ、国を取ってしまいます。また将軍の田忌(でんき)が都を出て逃げ出そうものなら、背後に打撃を加えて背骨を打ち砕いてしまいましょう」

といった。

 季子(きし・魏の臣で策士)がこれを聞くと、これを恥ずべきこととして
「七、八十尺もある高い城を築いていて、もう七割方も出来ているのに、それをまた戦争で打ち壊すのですか。これは工事人夫の囚人たちを苦しめることです。いまや戦争の無い平和が七年も続いていますが、これこそ殿様が王者になるための基礎です。戦争を勧める公孫桁は世を乱す人間です。お聞き入れになってはいけません」
といった。

 華氏(かし・魏の臣)がこれを聞き、同じく恥ずべきこととして
「討伐論者の公孫桁は世を乱す人間ですが、また討つなと主張する季子も世を乱す人間です。さらに討伐論者も討伐反対論者もともに世を乱す人間と言う私もまた世を乱す人間です」
と言う。
魏王は「それでは、どうしたらよかろうか」と訪ねた。華氏は「殿様はただ道を求められたら良いのです」と答えた。

 恵氏がそのことを聞くと賢者の戴晋人(たいしんじん・梁の賢者)に会うことを勧めてお目通りさせた。
戴晋人は言う

「蝸牛という虫を殿様はご存知ですか」

「知っている」

「蝸牛の頭の左に角があって触氏といい、また右にも同じ角があって蛮氏の国があります。ある時、互いに土地を争って戦い、死骸は数万も横たわり、勝った方は敗軍を追いかけ半月かかってやっと引き返してきました。」

「それはでたらめの話だろう」
と王。

「いえ、いえ。この話を王のために本当のこととして話をして見ましょう。王はこの四方上下の宇宙の広がりを有限なものとお考えになりますか」

「それはきわまりの無いものだ」。

 戴晋人が言う
「それではこの無限の空間に遊ぶとして、改めて地上の国々眺めれば、それらは有るか無いかのごく小さいものではありませんか」。

「その通りだ」
と王はうなずく。

 戴晋人はいう
「このちっぽけな範囲の中に魏の国があり、魏の国の中に大梁の都があり、祖の中に王様が居られるのです。王様と蝸牛の蛮氏とで、果たして違いが有りましょうか」

魏王
「たしかに違いは無い」
と答えた。

 客人の戴晋人が退出すると、魏王はがっかりして、何か大切なものを失ったような風だった。恵子がお目通りすると、魏王は言った
「あの客人は大人だ。聖人でも彼にかなわないだろう」。
恵子が答えた
「笛を吹いたとなると、大きな音が響きますが、剣の握りの環の穴を吹いたのでは鈍い音がするだけです。聖人の堯や舜は人々が誉めそやしますが、その堯や舜の事を戴晋人の前で口にするのは、たとえれば環の穴を吹いたようなものです」。




・・・・・・・
・・・・・・
抜粋終わり



面白いです。

お読みくださりありがとうございます。


henzyouhiryuu at 19:33 | 名言の備忘録  

2015年08月22日

どこが良妻賢母やねん。でもそうなのである・・

あまり、読まれてもなんなので、こちらに書きます。

光武帝関連日本最大のサイトより


 http://www.geocities.jp/kaysak864/liuxiu/49.htm 


上記文抜粋
・・・・・・・・・・
郭聖通と陰麗華・二つの愛の行方
 劉秀の行動の疑問点として挙がるものに、建武十七年(西暦41年)の皇后の廃位がある。皇后郭聖通を廃して陰麗華にかえたことである。
 そもそも陰麗華と劉秀が結婚するのは、陰麗華十九歳のとき。しかし最初の子どもができるのが二十四歳のとき、皇后になるのは三十七歳のときというのも不思議なことだ。


・・・・中略・・・・

陰麗華の出身と貴人への道 陰麗華は劉秀と同郷の大富豪の娘である。遠縁の親戚にあたり、ある程度面識があった。既に述べたように許嫁であったようである。
 結婚するのは更始元年(西暦23年)十九歳のときであり、平均初婚年齢が十六歳であった同時としてはやや遅い。おそらく陰麗華は十歳年上でそれほど豊かでもない劉秀との結婚に乗り気ではなかったのではないかと思われる。
 その後、劉秀は洛陽に行くとすぐに陰麗華を郷里に帰している。さらに劉秀が河北に行くと陰麗華はそのまま郷里に残り、事実上の人質となる。
 劉秀は河北で郭聖通を夫人として容れる。身の危険な陰麗華だったが、陰氏の親戚に当たる鄧奉が挙兵し、陰麗華の兄陰識がその武将となってそのまま家族を率いて鄧奉の傘下に入り、鄧奉が陰麗華を庇護することになる。
 劉秀が皇帝となり洛陽を陥落させて南に道が開けると、すぐに陰麗華を呼び二人は再会する。建武元年(西暦25年)十月のことである。このとき郭聖通と陰麗華は共に貴人となる。劉秀は陰麗華を皇后としようとするのだが、陰麗華が自分には子どもがいないからという理由で拒絶する。
 建武二年(西暦26年)六月、郭聖通が皇后に決まる。二人が再会して皇后が決まるまで半年以上も後であるのは、劉秀はこの半年ずっと陰麗華を皇后にしようと説得していたのについに果たせなかったということである。
 建武四年(西暦28年)五月、陰麗華に最初の子ども劉陽(後の明帝)ができる。場所は洛陽の宮殿ではなく、劉秀の彭寵討伐に従軍して元氏で出産したのである。人間の妊娠期間は280日であるから、受胎したのは建武三年(西暦27年)七月もしくは八月。再会してから二年近くかかっている。陰麗華は男女八人前後の子どもを生むことからこの遅さはやや不自然である。
 陰麗華の長男ができるまでに郭聖通には次男が、さらに許美人(美人とは地位の名称)という女性との間も男児が生まれている。
 こうしたことから考えると、この頃の陰麗華は劉秀を拒絶していたのではないかと考えられる。


陰麗華の拒絶と怒り
 もともと大豪族の令嬢たる陰麗華、しかも幼い頃からの知り合いである。裕福ではない劉秀との力関係は、明らかに陰麗華が劉秀より上である。「妻を娶らば陰麗華」と言われて、そんなに言うならしょうがないわね、結婚してあげましょう、といった気持ちであったろう。
 ところがいざ結婚となると、その理由は兄の謀殺された後の、身を守るための保身の謀略であったし、河北行きに連れていかなかったのも更始帝劉玄を信頼させるための政略であり、さらに離れている間に別の女性を妻とし子どもまで作ったのである。
 しかも劉秀が河北で結婚した郭聖通は、前漢の皇帝と血縁まである桁違いに巨大な豪族の娘であり、陰氏を遙かに上回る。そして劉秀自身も皇帝になって再会するのである。力関係が完全に逆転してしまっているのだ。
 陰麗華の悔しさ、腹立たしさは相当なものがあったと推測できる。半年以上も劉秀の説得を断り続け皇后の位を蹴ったのも、最初の子どもができるのが遅いのもこのためなのであろう。
 陰麗華は、ちょっとしたことでも泣く感じやすい女性であったらしい。七歳のときに亡くした父が大好きで、父のことを思い出すたび涙したという。感情が理性を圧倒するタイプの女性であるのは間違いない。子どもがいないから皇后を断ったというのは、後に説明のために劉秀が勝手に言いだしたものだろう。拒絶されていたから皇后にできなかったなどと言えるはずもない。


明帝劉陽
 ところがある時、ついに劉秀の真心が通じたのか、二人は仲直りする。最初の出産はなぜか宮殿ではなく戦場である。劉秀が妊婦を戦場に連れて行くとは考えられないから、陰麗華が劉秀の制止を無視して、離れたくないとついてきたのだと考えられる。
 劉秀が彭寵を制圧するため大軍を率いて元氏まで進軍したときのこと。建武四年五月甲申(西暦28年6月15日)、陰麗華はここ元氏にて劉陽を生んだ。



・・・・中略・・・・・・・
劉陽、字は子麗。史書によると幼くして既に聡明で叡智があり、容貌は壮麗で、下あごがふっくらしていたという。劉秀は口が大きかったと記載されるから、両親からの遺伝がはっきりわかる。
 名前が陽というのが面白い。陰麗華の姓は陰であるから、合わせると陰陽になるからである。大人になってからつける通名である字の子麗は、母の名前から一字を取っている。
 皇帝になる人物の名前の漢字は公文書で使ってはいけないというルールがあり、そのため皇太子にはよく使われる漢字の名前をつけない習慣がある。陽というありふれた名前をつけたということは、後継者として考えていなかったことを示している。劉陽は後に皇太子となると名前を荘に変更している。


・・・・・・中略・・・・


郭聖通と劉秀の関係
 陰麗華を押しのけて皇后となったのが郭聖通である。郭聖通とはどんな女性だったのか?
 郭聖通の母は郭主と呼ばれ、帝王の血筋をひき、母としての徳を備えた賢い女性であったらしい。また、郭氏は多く劉秀に取り立てられたが、それぞれ謙虚な優れた人物として知られている。このことは郭聖通もまた教養のある優れた女性であったことを思わせる。
郭聖通にも五人の男児があり、その寵愛期間のほとんどは陰麗華と重なっている。子どもの出産時期もほとんど重複しており、郭聖通から陰麗華へと交代する様子は読みとれない。何か日替わりで二人をまったく平等に待遇しようとしたのではないかとすら思わせる。二人は男児の数も同じだが、また驚くべきことに郭聖通の皇后在位期間(西暦26~41)と陰麗華の皇后在位期間(西暦42~57)も共に十六年とぴったり同じである。平等にも程がある!
 明帝の時代の記録として陰氏と郭氏はすべてにおいて平等に待遇された(禮待陰、郭,每事必均)とある。これはおそらく劉秀の方針を引き継いだものと考えられ、劉秀はすべてにおいて郭聖通と陰麗華を平等に待遇しようとしたと考えられる。
 郭聖通は政略結婚で劉秀の妻となった。兵力十万以上の勢力を持つ劉揚を味方にするための婚姻政略である。
 しかし建武二年(西暦26年)一月、郭聖通の背後勢力である劉揚は謀反により殺される。そしてその五ヶ月後、建武二年(西暦26年)六月に、郭聖通が皇后に決まる。だからもしも劉秀が郭聖通を嫌っていたのなら、このときすでに皇后にする理由はないのである。また息子だけで五人いることから、劉秀は郭聖通も好きだったことは間違いないだろう。
 歴史上の皇帝は寵愛する女性がたくさんのいることが多いが、子どもはたいてい一人か二人である。妊娠すれば飽きてしまうわけだ。
 しかし、息子だけで五人というのは、嫌いであったり興味がなかったりしてできる人数ではない。劉秀は陰麗華が一番好きだが、郭聖通も愛していたと考えねばなるまい。


・・・・・・中略・・・・


 当時の人々も皇帝劉秀と皇后郭聖通の関係がおかしくなったのは、この事件がきっかけと見ていたようだ。『後漢書』の天文志には、建武九年の七月乙丑(西暦33年8月29日)と十一月乙丑(12月27日)に、金星が軒轅の大星に重なったという記事を載せている。軒轅は後宮を示す星座であり、大星は皇后のことで、金星が大星に重なったのは皇后が勢いを失うことを示しているのだという。
 またこのとき陰麗華の性格を示す逸話がある。
 劉秀は、陰麗華の弟、陰興を侍中とし関内侯の爵を与えようとした。印綬を陰興の前に置いたとき、陰興は自分は功臣と違って戦場で功績を立てたわけではなく、その地位に値しないと受け取りを拒絶した。
 劉秀は陰興の謙譲を喜びその言葉に従ったが、陰麗華は不思議がりその理由を問うた。陰興が答えた。
「貴人は書に記すことを読まないのですか。『亢龍有悔(極まれば悔いることがある)』と言います。いったい外戚の家は謙退を知らずに苦しむものです。富貴を極めれば満足することを知らねばなりません」
 陰麗華はその言葉に感じ入ったという。
 このエピソードは陰麗華が理性の人ではないことを教えてくれる。もしも皇后の座を譲ったのが理性的に考えての判断なら、弟の謙譲の理由が理解できないはずがないからである。


・・・・・・中略・・・・・

 郭聖通の精神に問題があったと考えるべき理由は、郭聖通の不満が劉秀へ向かったことである。常識で考えれば陰麗華に向くべきであるのに、劉秀に向かったというだけでも、異常を思わせるに十分である。郭聖通は陰麗華に取られたのではなく、劉秀に裏切られたと感じていたのである。
 元々政略結婚である上に、裏切り者の一族となり、さらに皇后という地位も愛情でなく譲られたものと広く知られてしまう。さらに問題となったのは、劉秀が自分の子どもたちを、母親に関係なく全く平等に待遇していたことである。自分が皇后でありながら実際にはすべて陰麗華と対等に扱われているのは、不満だがまだ我慢できた。しかし子どもたちまで自分同様に対等なのが納得いかなかったようだ。
 

・・・・・・中略・・・・・

  だがこの事件は重大なこと生み出してしまった。
 さらに皇后廃立についての詔の内容を見てみよう。郭聖通は自分以外が生んだ子どもとうまく打ち解けたり教え育てることができなかった(不能撫順它子,訓長異室)という。陰麗華や許氏の子どもとの関係に問題が生じたということだ。
 劉秀は病み上がりであり、南陽への里帰りにあたり家庭のことを皇后郭聖通に任せただろう。おそらく郭聖通はこの南陽で、郭氏の皇子と陰氏、許氏の皇子に差を付けて見せたのではないか。劉秀はすべての子どもを全く平等に待遇していたのだが、これに不満だった郭聖通はこの機をとらえて、正嫡と庶子の差をはっきりさせようとしたのだと考えられる。
 このことが寛容な劉秀の怒りを買った。よりによって場所は南陽、ここは劉秀の郷里というだけではなく陰麗華の郷里でもあるのだ。劉秀はこの郭聖通の行為を許せないと感じたものの、郭聖通をかわいそうに思い説得を続けた。しかし郭聖通の体調や精神の異常を見て、むしろ皇后から降ろした方が郭聖通のためだと結論したのが半年後の十月。
 皇后とは、単なる皇帝の妻ではない。国母である。公的な役職でもある。皇后、貴人、美人とは法律で給与が定められた職務なのである。こうした職務は、神経をすり減らす心労の多いものであることは、英国王室や日本の皇室を考えればすぐにわかるだろう。
 このとき劉秀は郭聖通を皇后から降ろすことを決意したのである。

・・・・・・中略・・・・

陰麗華とはどのような女性であったか
 晴れて皇后となった陰麗華であるが、こちらも以前と何も変わることはなかった。
 陰麗華は七歳のときに父を亡くし、父のことを涙なしに話すことができなかったという。劉秀も九歳のときに父を亡くしており、何か心通じるものがあったかもしれない。
 劉秀の陰麗華への思いは、二つの詔に引用された『詩経』の言葉が美しいので汲古書院の『後漢書』から訳文を書いておこう。
『ともに恐れともに懼れて苦労したのは、僕と君だけ。それなのにこれから共に安んじよう楽しもうという時になって、君は僕を見捨てるのか』
『君と会えなくなってから、もう三年になる(それでも二人の気持ちは変わらない)』
 劉秀の言葉には陰麗華への思いを示すものがいくつかある。たとえば、赤眉軍を降伏させたとき、赤眉の首領たちが偉くなっても妻を換えずに軍中に連れていたことを、大逆罪すら許される善の一番目に挙げている。このころはちょうど陰麗華と劉秀の関係が冷え切っていた時期であるのが興味深い。河北に陰麗華を連れて行けなかったことを後悔してたのかもしれない。
 劉秀の女性への態度として、『古今注』の丁邯のエピソードが興味深い。丁邯が漢中太守であったとき、その妻の弟が公孫述の将軍になった。丁邯は妻を獄につなぎ、自らは冠を脱ぎ裸足になって出頭した。そのとき劉秀は次のような詔を出す。
「漢中太守の妻が南鄭の獄につながれているが、誰がその背中を洗ってくれるのであろう?牛頭を掲げて馬の干し肉を売るのは盗賊の行いだというのが孔子の言葉だ。丁邯が罪に服したのであるから、冠や靴に罪はないように、その妻まで罰する必要はない。」
 丁邯は剛直な正義の人であるので、連座の原理に厳格に従って妻を投獄したのであるが、劉秀はそれを返って怒っているのだ。劉秀は妻を大事する人を評価し、妻を粗末する人を許さないのである。また「誰がその背中を洗ってくれるのであろう」すわなち、妻の身の回りの世話は誰がするのかという言葉からは、劉秀が天性の世話好きであることを連想させる。
 また呉漢が公孫述を滅ぼし成都に放火したことを非難した言葉の中に、「家有弊帚,享之千金」がある。後に成語の敝帚自珍となった言葉であるが、この敝帚とは、古い箒、箒とは妻の象徴で、長年連れ添った妻ほどいとおしいものはないという意味をかけているのである。
 これほど劉秀にとってかけがえのない存在であった陰麗華とはどんな女性だったのか。
 陰麗華は趣味も少なく皇后になっても豪勢に遊ぶこともなかったとされ、地味な小市民的性格だったようである。面白いのは史書は陰麗華の性格について、ジョークを好まない(不喜笑謔)と記述していることである。劉秀とまるで反対ではないか。これはどういうことか。
 劉秀は極端なことや正反対のことを相手に言って人をからかい、相手がびっくりすると、冗談だよと言って笑うことが多い。耿弇、王常などたくさんの被害者がいる。おそらくこれを妻である陰麗華にもしばしば行ったのであろう。劉秀が陰麗華をからかったところ陰麗華が怒り出してしまい、「冗談だよ」とその場を収めようとしたところ、陰麗華が「冗談なんて大嫌い!」と言い切り、それが伝わったのがこの「笑謔を喜ばず」という記述を生んだのだと考えられる。
 さらに陰麗華の行動を見ると、劉秀の意志に反する行為が多く記録されている。皇后になるように言われたのに拒絶したこと、罪に問われた馬援の娘を寵愛して身辺に置いたこと、妊娠したとき強引に遠征軍に従軍してついて行って軍陣の中で出産したことなど。
 さらに父の死に言及するたび涙したことなどを考えると、陰麗華は直情的で自分が正しいと思ったことは相手が皇帝であろうと一切譲らない頑固な女性であると考えられる。
 これに少女の頃から美人として知られていたことを合計すると、陰麗華とはツンデレ美少女であるということになろう!
 後に皇后になってからも郭聖通と確執を生まず、子供たちにもそう感じさせなかったところなど、陰麗華には何か神聖なものを持っていたと感じさせる。陰麗華は死後、光烈皇后と謚(おくりな)される。歴史上初の謚を持つ女性となった。

・・・・・・・
・・・・・・・・・・
抜粋終わり



長々と引用して失礼します。


にして、本当は郭聖通のほうが、良妻賢母ではないのか?って思える。

賢母って意味では陰麗華は、確かだが、良妻となると・・

たとえば

 >最初の出産はなぜか宮殿ではなく戦場である。劉秀が妊婦を戦場に連れて行くとは考えられないから、陰麗華が劉秀の制止を無視して、離れたくないとついてきたのだと考えられる。
 劉秀が彭寵を制圧するため大軍を率いて元氏まで進軍したときのこと。建武四年五月甲申(西暦28年6月15日)、陰麗華はここ元氏にて劉陽を生んだ。


今の世の中でいうと、「単身赴任先の夫のマンションに乗り込んできて出産した」

てようなモノ。今の保守的な女性はおろか、リベラル系の人でも「おかしい!!」というだろう。

もっというと皇太子妃が、皇太子の外遊先にわざわざついていって出産したら、「狂っている!」っていうでしょう。

また

>罪に問われた馬援の娘を寵愛して身辺に置いたこと、

これも、今の世の中で社長の夫が首にした重役・役員の娘をかわいがって、手元において、息子の嫁にした。ってこと。

これも、常識はずれである。


どこが良妻?と言い得る。


さらに

 
>おそらく郭聖通はこの南陽で、郭氏の皇子と陰氏、許氏の皇子に差を付けて見せたのではないか。劉秀はすべての子どもを全く平等に待遇していたのだが、これに不満だった郭聖通はこの機をとらえて、正嫡と庶子の差をはっきりさせようとしたのだと考えられる。
>このことが寛容な劉秀の怒りを買った。


普通の権門・貴族・帝王なら、フェミニストでも、「嫡庶の別」を必ずづける。それをしないと、自分の生存中はもちろん、死後は必ず後継者争いを含めた権力闘争を起こすので、絶対に厳しくつけた。

普通は、これが子供たちを守る結果になるのだ。

そういう意味で賢明な郭聖通は、厳密にしたのだ。

日本でもフェミニスト名高い毛利元就は、妙玖の子供たち{隆元・元春・隆景・五龍}に、高齢になって生まれた他の幼い庶子のことを

「犬ころのようなもので、せめて飢え死にし無いようにしてくれたらいい」

と手紙を書いてる。


が、そんなことよりも「家族の対等・命の平等」をより上位の価値とする劉秀には、わかっていても許せなかったのだ。

が、それが逆に郭聖通を怒らせたってことだろう。

女の意地もあるだろうが、「そんなんで帝国が経営できるの?綺麗ごとだけど狂っている!!」

てな感じで。


少なくとも郭聖通は、他の帝王なら、まず確実に「良妻賢母の典型」と呼ばれる女性だろう。


では陰麗華は、彼女のあとをついで皇后になっても、平等に扱って、それでも「仲たがい・権力闘争」をさせなかった。




ともわれ、劉秀・光武帝って、当時では「異常なまでの人間の平等」を大事にした為政者で、その上に奴隷解放や検地を通じての人間の平等を、内乱を起こしても徹底した。

郭聖通や、当時の「豪族・権門」からしたら、異常者に見えるだろう。まだ郭聖通は、それは我慢できるだろうが。



そういう異常なまでの「人間の平等」を価値の上位に持つ光武帝・劉秀と連れ添い、その価値を共にし、家族を守った陰麗華って、劉秀という、当時からしたら一種の異常人にして「聖帝」のまさに良妻賢母だった。ってことかもしれない。




にしても、良妻賢母って、なにでしょうかね。


郭聖通など、どう考えても普通は「良妻賢母」の典型なのに。

陰麗華って、相手が劉秀{光武帝}でないと、普通は「悪妻・わがまま」って言われるでしょうに。



ただ陰麗華が、そうはいわれても「良妻賢母」と言い得るのは


>後に皇后になってからも郭聖通と確執を生まず、子供たちにもそう感じさせなかったところなど、陰麗華には何か神聖なものを持っていたと感じさせる。


てところだろう。

旦那の取り合いというかそういうの以外は、郭聖通も、陰麗華にとっては「良い友人」だったのかも知れない。


そういう意味で、やはり陰麗華も、「命の平等」「家族の対等」を価値の上位にする、異常人にして「聖女」だったと言い得るかもしれない。


「命の平等」「家族の対等」など、この時代では釈迦か老荘くらいしか言わず、イエスが主張を始めたばかり。

それを平然と行っている女性だからね・・・





いろいろ失礼しました。


お読みくださりありがとうございます。




 
 

henzyouhiryuu at 20:32 | 古典を  

2015年08月18日

経済合理性のために失われた「メメントモリ・諸行無常」の代償

リテラ より

上記文抜粋
・・・・・・・・・
『おくりびと』ではわからない葬儀屋・納棺師のエグい裏側!「費用は上乗せで倍に」「ヤクザは家族葬」「戒名はPCソフトで」


映画『おくりびと』や檀蜜のおかげで、以前よりメジャーになった感のある葬儀屋・納棺師の仕事だが、やはりまだまだ知らないことがたくさんあるようだ。
 葬儀屋を経て漫画家となったおがたちえが納棺師・nontan氏の協力をもとに書いたコミックエッセイ『葬儀屋と納棺師が語る不謹慎な話』(竹書房)には知られざる葬儀屋・納棺師の裏側が描かれている。
 まず気になるのは、一体どういう理由で、葬儀屋・納棺師になったのかということだ。同書では、「同僚に聞いた話」として、【1】実家が葬儀屋だったから、【2】身内の葬儀でスタッフの仕事に感動したから、【3】映画・ドラマを見て、【4】死体マニア、という4つの理由が挙げられている。それにしても恐ろしいのが、「死体マニア」だから葬儀屋になった、というケース。たしかに葬儀屋であれば、合法的に死体を扱うことができる。とはいえ、そんなおぞましい趣味を仕事にすることは倫理的にどうなの?という疑問が浮上するのも事実。ただ、仕事にしてくれたおかげで、妙な事件が起きずに済んでいるのかもしれないと考えれば、悪いことではないのかもしれないが……。
 同書では、葬儀業界における悪徳業者の手口も描かれている。代表的なものが、料金の上乗せだ。人が一生の中で葬儀を行うのは、数回程度のこと。プロでない限り、その料金の相場を熟知していることはあまりないのだ。そんな“素人”を相手に、悪徳葬儀屋はありえない料金を請求しているわけだ。
 葬儀では、「消耗品費」「宗教用具一式費」「会場使用費」などの名目で料金が請求される。それらの中で“上乗せ”が発生しやすいのが、「施行委託費」や「施行管理費」。これらは要するに「葬式の運営費」ということなので、明確な相場もなく、業者の“言い値”になりやすいというわけなのだ。
 さらに「お花代はだいたい仕入れの倍で提供」「祭壇はもともと使い回しだから利益の出どころ」と、次々に上乗せがされてしまう模様。「だいたい100万円のプランで見積もっても最終的には倍にしちゃう」とのことで、葬儀の費用には気をつけたほうがいいかもしれない。
 お金のことで言えば、「戒名」の相場もあまり知られていない。「戒名」にはランクがあり高くなるほど僧侶に払う金額も高くなる。たとえば、「〇○院」という戒名は100万円以上、「〇〇○○居士/大姉」なら60~80万円、「〇〇○○信士/信女」なら30~40万円、「故〈自分の名前〉之霊」だと20万円が相場とのこと。最近はパソコンのソフトで戒名を作っているお寺もあるとのことで、何十万円も払うほど有り難いものでもないような気もしてしまう。


一般人は葬儀についてよく知らないことが多く、どうしても足元を見られがちだが、一方で葬儀屋のほうが多分に気を遣うのが、ヤクザの葬儀だ。とにかくメンツにうるさいのがヤクザというもの。たとえば看板の文字を間違えただけでも、「弁護士が立つほどの大クレーム」になることがあり、葬儀屋には「ヤクザ担当のベテランディレクター」なるものが存在しているという。
 また、ヤクザの葬儀には警察もやってくる。もちろん周囲の安全を確保するためでもあるのだが、「遠くから参列者を1名1名写真撮影する」ためでもあるのだという。ヤクザの葬儀では、指名手配犯が参列することも多く、警察はその逮捕のタイミングを狙っているのだ。
 しかし、ここで問題となってくるのが、「暴力団排除条例」の存在。暴力団と交際したり利益を与えたりする一般市民を取り締まるこの条例によって、ヤクザの葬儀を請け負えなくなるケースが増えている。葬儀における香典が暴力団の資金集めとみなされることもあり、施行した葬儀社が処罰されることもあるのだ。
 とはいえ、ヤクザといっても人間であり、死んだら当然葬儀を開くことになるわけだが、そこにつけ込むのが悪徳宗教者だ。たとえば、通常30万円の使用料で貸している会場を200万円ほどでヤクザに貸そうとする悪徳僧侶もいるという。まったくもって聖職者とは思えない銭ゲバぶりだ。
 ちなみに、nontan氏の葬儀社では、「組葬」という形ではなく、「家族葬」という形で、ヤクザの葬儀を執り行うとのことだ。あくまでも組織に対する利益供与にならないよう配慮しているものの、何百人もの参列者が訪れることも多く、結局は「組葬」のような大規模な葬儀になっているようだ。
 同書からは、我々がどんなかたちで死を迎えるのか、という実態も伝わってくる。納棺師のnontan氏の経験では、もっとも多い死因は病院での病死で約5割。次いで、多いのが孤独死で、全体の2割ほどを占めているというが、この現場がかなり凄惨なものらしいのだ。
 たとえば、認知症の男性が孤独死した時のケース。nontan氏がその男性が独り暮らしをしていた家に行くと、なんと壁一面に“ウンコ”が塗りたくられていたというのだ。認知症となっても介護を受けることもなく、壮絶に孤独死を迎えた様子が容易く想像できる。
 また、発見された時点でミイラ化している孤独死の遺体もあるという。こういった状況に、警察や葬儀屋は完全に“慣れっこ”になっているようで、警察は「これなら火葬しなくて 大丈夫そうだね 今日は楽だね 葬儀屋さん♪」などと、ジョークを飛ばしているらしい。
 誰しも必ず迎えるものなのに、とにかく知らないことばかりな葬儀の世界。悪徳業者に騙されないためにも、もっともっと葬儀のことを知っておく必要もありそうだ。
(田中ヒロナ)



・・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終り


葬儀がおかしくなる。

ある意味当然に思う。


そういえば、昔
「政治家は、医者と宗教家。この二つの職業で信用できる人を、一人づつ持つべき」

と言われていた。

宗教家て、最近では「祈祷師」のように変わっているけど、あのことは本当の「宗教家」だったように思う。
「死を思う・メメントモリ・諸行無常」を知る人を持たないと、安心も覚悟もしきれない。っていうか。


まあ良し悪しはあるが、地域でまだ葬儀していた時は、出家も葬儀屋もある程度、顔なじみで無茶はできなかった。

現在でも「ある程度信用できる僧侶がいると、無茶な出費は無い」と聞く。




先祖供養。って盆・彼岸をする。

一応日本ではこの盆・彼岸が先祖供養のメイン。

で、このときに親戚が集まって、するわけです。


西洋的な考えで「先祖供養など、現世利益で、我利で関係ない」っても一理はある、

でもこの行事を通じて、「家族・自分・世界のつながりを確認して、死を思う」

という「メメントモリ諸行無常」を感じる大切な機会になる。


中国清朝は、江戸幕府よりもキリスト教に好意的だったがキリスト教布教者が「先祖供養を馬鹿にする・大切にしない」てことがあまりひどいので激怒して叩きだしたってことだ。

中国人に取り大事な習俗であっただけなく、これが中国人の「メメントモリ・諸行無常」を知る大事な機会を奪われることへの激怒であると思う。


まあ日本・徳川幕府がキリスト教を叩きだしたのは、「他の宗旨を暴力的に弾圧するのを宗教の善行とする」ってのには我慢しきれなかったからだが。



これも昔だが、「芸能人は親の死に目に会えない」という言葉がある。

それだけ過酷で業の深い仕事であるってことだが、マスコミの妙な喧伝や美談化で、この数十年は「仕事ができる誉れ」のように解釈され、親の介護をすることも「仕事の邪魔」と会社からも国家からも保障されない。

「親の死に目」という「メメトモリ・諸行無常」機会を奪われ、同時に家族・親子の恩愛を断ち切るのを「社会のために、出世の誉れ」とされる社会になった。



経済的合理性や、妙な西洋の合理的宗教思想のために、家族の恩愛も「諸行無常・メメントモリ」の機会を失う。


葬儀はおかしくなり、家族はバラバラになり、坊主もマトモやつとは知り合えずボッタクにされる。

最後は、日本人が皆奴隷か畜生になってしまう・・・


「先祖の奴隷」ではないので、先祖供養に血眼になるものは阿呆だ。
だが、先祖・先達のおかげもあり、我々は生きているので、「先祖供養」をしないのは忘恩の無知で根無し草になる。


先祖に手を合わせているのか、それとも万物万霊に手を合わせているのか。本当はわからんのかもしれない。


「家族の恩愛」も「諸行無常」も脆弱になり、日本社会のモラルを支えていた見えない綱が切られている。

それにすら気が付ない我々も、愚かですよね・・・。




お読みくださりありがとうございます。

henzyouhiryuu at 17:30 | 政治とか  

2015年08月16日

理趣経 百字の偈

理趣経 百字偈


菩薩勝慧者  乃至盡生死  恒作衆生利  而不趣涅槃

般若及方便  智度悉加持  諸法及諸有  一切皆清浄

欲等調世間  令得浄除故  有頂及悪趣  調伏盡諸有

如蓮體本染  不為垢所染  諸欲性亦然  不染利群生

大欲得清浄  大安楽富饒  三界得自在  能作堅固利


参考
http://ruriko.hanagumori.com/hyakujige.html

上記文抜粋
・・・・・・・・
意訳:

密教の行者は、生きている限りは、常に他者の利益を考えて、

苦しんでいる人たちを先に悟りの世界に届けて、

自分は最後まで赴かない。。

智恵と働きかけとをもって、

現実に存在する一切のもの、および一切の生きとし生きるものを

みな清浄にする。

大欲で以ってみんなを教え導き、清らかにしていく。

天界のてっぺんから、地獄界の一番下に至るまで、

生きとし生きるものたちをすべて救い尽くす。

蓮華は泥中より生じるが、その泥には染まらない美しい華を咲かせるように、

欲もまた同じこと。

密教行者は、世俗のドロドロとした欲の中から生まれて、

美しい悟りの華を咲かせる。

一切衆生を救いたいという欲は「大欲」であって、

本来清浄なものであり、

あらゆる世界において自由自在に働き、

生きとし生きるものたちのために、大きな利益をなすことができる。





・・・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり


光武帝の

他人とともに楽しむのはその楽しみも長いが、自分一人で楽しむのは長く続かずなくなるものだ 

も似てますよね。


私は選民思想って気に食わないのです。

選ばれた存在の癖に、他者を「家畜」扱いして、自分たちはそれを屠殺する、「畜生道」
それを行って、それが「高貴」だそうだ。

蟻の中で、アブラムシを飼うものがいる。それに近いし、それ以下な存在である。

畜生以下の行為をする精神・魂の持ち主が「神に選ばれた選民」だそうです。

そのような糞の蟻以下の存在が地球を完全支配するのなら、奴らに一太刀浴びせてでも死んだ方がまだマシです。

畜生・餓鬼として生き長らえて苦しむよりも、人間として誇り高く楽しく生きた方が、1000万倍マシです。

がその前に、この畜生人間どもの好き勝手を蟷螂の斧で妨害してみます。


十七清浄句についても書こうと思いましたが、在家で「読経」だけしか僧侶に「解除」されてないので、まあ僭越はやめとこうと思います。

参考

参考

参考

お読みくださりありがとうございます。

henzyouhiryuu at 20:53 |  

2015年08月13日

私の信条

理趣経 百字偈


菩薩勝慧者  乃至盡生死  恒作衆生利  而不趣涅槃

般若及方便  智度悉加持  諸法及諸有  一切皆清浄

欲等調世間  令得浄除故  有頂及悪趣  調伏盡諸有

如蓮體本染  不為垢所染  諸欲性亦然  不染利群生

大欲得清浄  大安楽富饒  三界得自在  能作堅固利

参考
http://nehan.net/bongyou.html#理趣経百字の偈


漢光武帝・劉秀 の言葉

他人とともに楽しむのはその楽しみも長いが、自分一人で楽しむのは長く続かずなくなるものだ 

諸葛孔明 戒子書


君子の行いは、静以て身を修め、倹以て徳を養う。
淡泊に非ずんば以って志を明らかにするなし。
寧静に非ずんば以って遠きを到(きわ)むるなし。
夫(そ)れ学は須く静なるべきなり。
才は須く学ぶべきなり。
学に非ずんば以って才を広むるなし。
静に非ずんば以って学を成すなし。
慆慢(とうまん)なれば則ち励精すること能わず。
険躁(けんそう)なれば則ち性を理むる能わず。
年、時とともに馳せ、意、歳とともに去り、遂に枯落を成す。
窮盧(きゅうろ)に悲嘆するも、将復(はたまた)何ぞ及ばんや。



できたら、アップする日は、毎度これをトップに載せる。

henzyouhiryuu at 20:48 | 無駄話、与太話。  

意外と、日本救済は早いかも。 プーチンに期待するしかない。 渾沌堂

世界は1日で変わる(旧日本は世界の最先端:(旧々日本の独立を目指して)) 

上記文抜粋
・・・・・・・

大きな捏造事件で世界を変えることができる  


世界を1日で変える方法。。政治的な。。

大量旅客輸送機関の破壊です

ルシタニア号、いやタイタニックから始まってJAL123便、大韓航空撃墜事件、ポーランドの新ロシア閣僚全滅事件

ウクライナと中国行きののマレーシア機、

皆同じ目的に使われていると考えられる

事故を偽装した恫喝戦争

自然災害を偽装した恫喝戦争

市場暴落を偽装した奇襲

歴史には書かれていないところで本当の歴史が動いている

世界で盗聴しまくっているのはNSA,CIA、モサドで産業スパイでもあり政治スパイでもあり、なんでもあり。

インサイダーの巣。自分たちが儲けるのは正義で他人が情報を知って投資するのをインサイダーという

典型的な2重基準で世界秩序が出来上がっている

権力を2重基準で運営しているために、全てが隠蔽されなければいけない。

そういう構造です。NSAの盗聴に対する態度を見ていると、要するにEUもおフランスもヨーロッパ大陸は友軍、同盟軍という形で、偽ユダヤ軍に占領されたのです

これがヤルタ体制の真実。

このアメリカ帝国のくびきから世界は解放されるだろうか?

なかなか西側へのグリップが強いように見えますがヘマも激しいので、一寸先は闇かもしれない。

歴史の動きが見えない理由は、権力闘争の結果、中国から上海閥が消滅したからです。金融権力の一部に権力の空白が生じていて

それを埋めきれない。

そのために為替と株の動きが乱数的になっている。

こういう時は誰の予想も当たりません

嵐が過ぎるのをじっと待つしかない。




・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり

同じく より

上記文抜粋
・・・・・・・・・

ケリーがイランとの協定を批准できなければ。。  


$が基軸通貨でなくなる

といった。さらにウクライナ問題でEUがロシア制裁で受けている損害に我慢しなくなるといった。

モサドに支配されている米議会に警告を発したと思われる。

ケリーは今のイスラエルにかなり頭にきているようである。

開始>
ケリー米国務長官、EUはなぜウクライナに関する米の立場を支持しない?

続きを読む http://jp.sputniknews.com/us/20150812/733347.html#ixzz3idWEhcsa

終わり>

いまや報道はプーチンの私設機関であるスプートニクしか存在しない。

CNNやBBCは、バーチャル世界観を実現するために報道とは無関係になっている




・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり



プーチンと、福一殺人放射能大明神に、日本の救済を祈りましょう。


お読みくださりありがとうございます。

henzyouhiryuu at 20:46 | 政治とか  

2015年08月12日

気をつけろ。もう一つの悪夢。「大本・法華ワンワールド」

太田龍氏って評価が高い。

でも腑に落ちなところもある。

なにかわからんが。

でも

少し気になる面をいくらか載せる。


 http://mujaki666.seesaa.net/article/169807397.html より  


上記文抜粋
・・・・・・・・・・
妙法蓮華経は、万巻の仏典の中でバラモン教的なるものとの戦いの究極の到達点ではなかろうか。
この法華経信徒集団は、インドで滅び、中国でも成立せず、ただ日本においてのみ古神道の真髄と結び付いた形で、日蓮聖人によって産み出され得た。
内村鑑三が五人の代表的日本人の一人として、日蓮を挙げたのは誠に道理にかなっている。
日蓮は単なる仏教徒ではない。
日蓮は、神道と仏教の真髄と儒教の核心を結合した日本民族の精神的柱である。
日蓮には「神国王御書」「立正安国論」「守護国家論」の著作がある。
日蓮が出現していなければ、戦国末期からのユダヤの日本侵攻の謀略の前に、日本民族は既に滅びていたかも知れない。
神道と法華経。
これが、日本文明の原理となるであろう』


そして太田氏は、日蓮の宗教を「法華神道」と呼んでいる。

『日蓮の法華神道は、この大悪魔(ユダヤ)を破折し折伏する使命を以てこの日本列島に出現した。
神道には「破邪」の機能はない。
従って、もし日本民族に神道のみが存在するとしたなら、大悪魔の滲透と侵攻に対する免疫力が働かなかったであろう。
つまり、神道も滅ぼされたであろう。
仏教の日本化、日本化された仏教(その頂点に日蓮の法華経が位置する)あるが故に、日本民族は今日まで古神道(人類始原の文明の正統性を今日に伝える)の枠組を維持し得たのではないだろうか。



・・・・・・・
・・・・・・・・・・
抜粋終わり

 は?

ようは「日蓮法華による他宗旨撲滅を推奨?」

ても思える。


ちなみにもう一個

読めないニックネーム より   


上記文抜粋
・・・・・・・・・・・・
 詳しくは本ブログの右側にある
カテゴリのうち、
日ユ同祖論の根拠は聖書(捏造)
にある過去記事をどうぞ。
(内容を要約したタイトルだけで十分な気がしてきた)

聖書が根拠の日ユ同祖論の矛盾と対策。
日ユ同祖論を広めているのはキリスト教と和風キリスト教(神道、大本教系)。
ユダヤ・在日押しつけ陰謀論者はイエズス会の手先。
東電は上智大学=イエズス会支配。電通神社支配のマスコミはキリスト教に逆らえない。ねこたさんの陰謀論者の宗派リスト 。
派閥別工作員の特徴リスト(ねこた製)。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-44.html


大本教は一神教=「誠の神様はただ一柱」。
大本教系カルトが日ユ同祖論をキリスト教布教用に暗躍

○ユ同祖論は世界中にあり、17世紀に布教の為に日ユ同祖論を発明したのもイエズス会=キリスト教。
17世紀にダビデの星をユダヤのマークに決めたのもイエズス会=キリスト教。
日ユ同祖論を布教用に発明したのがイエズス会であることは日本語版ウィキになく英語版に記述(日ユ同祖論の目的の隠蔽)

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-76.html





・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
抜粋終わり





http://ocean24.blog136.fc2.com/blog-entry-605.html  


上記文抜粋
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法華系では「神天上の法門」と呼んで、神々不拝を説いた。末法の時代には、護法の善神はことごとく天に上っており、空家となった神社には魔が棲みついているとする。そのため神社を拝し神社に寄進することは、法華経をそしる謗法の大罪をおかすことになるとされていた。しかし鎌倉以来、皇室は真言宗の檀家となり、真宗でも日蓮宗でも、きびしい神々不拝は時とともに少数派の信念へと狭まっていった。(『天皇制国家と宗教』村上重良著P36より)

 
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抜粋終り




zeraniumのブログ
 

上記文抜粋
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 神社仏閣にあるさまざまな像や仏像は、どのような目的で作られてきたのでしょうか?
   それは昔、人々が神々にお礼を言う目的のために作られたものです。しっかりした信仰を持ち、よりふさわしい想いで本物の神々に接することを願ってさまざまな仏像を作りました。つまり、高い神々などの存在と接することが不可能なことからそうした形を作ったのです。そうした像や仏像を通して、人々は地球や地球の神々をより近くに感じることができました。

   像の中にはさまざまなものがあり、人だけでなく動物やトカゲ族などを表す形もありました。問題は、ある宗教を通して像が作られる時、その宗教、宗派が祀る神、あるいはそれらを通して邪悪な存在の力を受けることです。それは特に、その宗教団体や創始者の霊的レベルと関係しています。その宗教団体のエネルギーや力がすべてそこへ入るからです。

   ですからある宗教団体が本来の信仰を失い、宇宙の法則である神とは反対の方向へ逸れてしまうと、像のエネルギーも変わってしまいます。それはネガティブなものや、怖ろしいものが入る可能性があるということです。そうした存在のエゴの想いは、像を通して信者をコントロールするようになります。

   初めのうちは奇跡などがあったとしても、次第に人々の魂や想い、信仰がそこで束縛されるようになり、やがて信者たちはそれぞれが大きな問題を抱えるようになります。つまりそうした像や仏像を通して、信者すべてのメンタルをコントロールするようになるのです。

   像の中に宿る霊には動物霊だけでなく、邪悪な霊や自然霊がありますが、それらはすべてそうした像を崇拝している宗教や人々のレベルによります。像とは形を持った単なる物質であり、3・8次元から4次元の空間と関わっています。つまり物質として存在するものには、常にエネルギーである何者かが入るという可能性があるのです。それがさまざまな霊やエレメンタルなどです。

   組織や団体の、あるいは個人の思念や責任の欠如が原因で、ネガティブなものを引き寄せることがあります。たとえばある個人が、ある宗教団体から仏像を引き受けて面倒を見ていたとします。その人が亡くなり拝んだり供養する人が誰もいなくなると、その像の中に棲みついていた霊に見捨てられているという悔しい思いが生まれ、関係者にさまざまなことが起きるようになります。

   彼らはこれまでのように、世話してくれる人々から霊的エネルギーが欲しいのです。
   それが得られなくなったとなると、亡くなった人の家族や親類縁者などに、霊的な問題や病気などがもたらされるようになります。彼らの立場になってみれば理解できることで、今まで信仰の対象として崇められていたものが、ある日突然人間の側からの都合で放置されるわけです。

   それは悔しいに違いありません。
   それを得ようとして関係者たちの霊的エネルギーを吸い続けるので、家族などにはさまざまな問題が生じるようになります。彼らの悔しい思いが、霊的に感情的に、精神的、肉体的な問題を引き起こすのです。

   また、古い宗教の像などがあります。
   それはこれまでしばしば邪悪な力に利用されてきており、それをたくさんの人々が信じてきたわけで、ここには大きな問題があります。そうしたものを崇拝することにより、知らないエネルギーの世界に足を突っ込むことになります。一方、先祖の仏壇へ入れる小さな仏像が、ネガティブエネルギーでいっぱいの場合が少なくありません。

   そうしたほんの小さな仏像が、亡くなった先祖たちを支配したりコントロールするようになります。それにより位牌(いはい)が動いたりすることがあります。そこには先祖は不在であり、動物や邪悪なネガティブなものが仏壇を支配し、手を合わせる人々のエネルギーや供え物のエネルギーを吸収します。それでは先祖は仏壇を訪れることはできません。

   たとえその像が、神の姿や美しい形をしていても、中身は別の物に占領されている場合が多いのです。ですからそのような形あるものを祭るのであれば、ネガティブなものが入り込む隙がないように、小さなものも含めて像に対する必要な取り扱いが求められます。なぜなら一度お祭りすると、そこには義務や契約が発生するからであり、それを破ると子孫がそれを負うことになります。

   そうしたトラブルは、人間関係や病気や事故など、さまざまな形でやってくることがあります。それは知らなかったとはいえ、さまざまな仏や神、人、動物やトカゲ族などの形をしたものを祀った人々の、無知と責任の欠如によるものです。ですからそういうものを引き受ける際には、十分気をつけねばなりません。取り返しのつかない結果になる場合もあるのです。

   もし像を引き受けて家に置くのであれば、そこに義務や契約が発生し、良い悪いにかかわらず、さまざまなことがあることを理解しておくことです。しかるべき場所で像を祀るのは悪いことではありませんし、そうしたエネルギー存在がおられるでしょうが、でもすべてがそうではないことを知っておいてください。

   すでにお伝えしたように、その宗教組織や団体の指導者がどのような霊的レベルにあるかによります。それはどこまで、宇宙の法則に対して忠実に生きているかということです。ですからあなたが買う物や、家へ持ち帰る物には気をつけてください。そうした物を家へ持ち帰ることにより、邪悪なエネルギーとあなたの家とが繋がれてしまうことも実際に起きています。

   一度そうしたエネルギーと繋がると、邪(よこし)まなエネルギーは強いことから、より大きな神々やそうした存在の力でなければ、それを断ち切るのは困難な場合が多いのです。しかも特に、現在のアセンションによるエネルギーの変換期においては、ネガティブな存在たちが人類を逸脱させて霊的進化を妨げようとしており、そうした像に入り込むことで利用しています。

   眺めるのと祈るのとは違います。
   ですからめったに手を合わせたり、祈ったりするべきではありません。多くの場合、そうした像の後ろにどのようなエネルギーが潜んでいるかわからないからです。いつも本物の神々が存在するわけではなく、中にあるものがあなた方には見えないからです。

   祈ることと尊重することとは違います。
   祈りを上げるということは、契約をすることと繋がる場合が多いのです。実は願いも祈りもエネルギーなので、そうした場所で祈ったり願ったりしたことでその場所のエネルギーを持ち帰り、それが自分だけでなく家族にまで影響を与えることがあります。福を呼ぶつもりで家に持ち帰った小さな像が、後に自分や家族の人生に大変なことをもたらす場合があるので、十分に注意してください。




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抜粋終わり

 

 zeraniumのブログの記事は、西洋スピリチュアル系の記事です。それと「日蓮宗」の日蓮の神祇排斥の意見がそっくりでしょう。

大本教も「敵は仏教」と明言してます。


大本の二代目教主出口王仁三郎は、欧州に布教と勉強に行きます。そこでどうも神智学系の「キリスト・ユダヤワンワードル」の毒に汚染されて帰ってきます。

それと大本・日蓮宗系集団の双方に出入りしていたのは、石原莞爾とう軍部の若手将校です。

石原たちは、欧米の「キリストユダヤ・ワンワードル」に警戒をして、その対策として「日蓮宗・大本」に向かいましたが、しかし、大本も、日蓮宗もすでに「ワンワールド」思想の洗脳を受けていたのです。


前の敗戦は、海外の「ユダヤ・キリストワンワールド」と国内の「大本・日蓮法華ワンワールド」の「欧米ワンワールド勢力」の左右の手によってなされた「負けるのが前提の茶番」でもあったのです。


日蓮宗系新宗教も、キリスト教系の思想家・宣教師に、「ワンワールド」の洗脳をうけている。


それには下手したら、天皇も噛んでいるように思われます。




太田龍も、その洗脳下にいる可能性大であります。


下手すると、新井信介氏も飯山一郎氏も、しらずしらずに「法華・大本ワンワードル」の毒に侵されている可能性大です。




一応、今の陰謀論も、どちらかの「ワンワールド」思想に毒されているので、用心ください。

参考

読めないニックネーム {再開版} 

私は一応空海ファンなので「真言宗」の位相は違いますけど、この世の陰謀論の「おかしな面」を厳しくついてます。

私は

「天台宗=天皇家の宗教の表看板」

「真言宗=天皇家の裏の宗教・バックアップ」

なので、現体制に不満な皇族が「真言宗」に走る。


陽が・天台=聖徳太子の宗教


陰が・真言=宇多天皇らの異端児系の皇族宗教



まだ仮説の妄想程度ですけど、こんな話。





私はある意味で「左翼オカルト」かもしれないな・・・自分自身用心用心・・・・

でも工作費用はびた一文もらってないし。たぶん違うだろう。

スピリチュアル系は「オカルト左翼」の母体たりうると思う。のでその辺のひとは用心ください。

しらずに悪党に悪魔に奉仕させられているようになるかもしれません。

参考に

全雄さんところの掲示板 より  


上記文抜粋
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アメリカの有名人には日蓮宗が多い。  投稿者:ねこ  投稿日:2015年 7月23日(木)09時41分24秒
  アメリカの有名人には日蓮宗が多い。



もちろん創価学会も含まれる。

もちろん、アメリカの裏切り者。

(仮説を含む)


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抜粋終わり




 

henzyouhiryuu at 11:07 | 政治とか  
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