2015年06月

2015年06月27日

戒子書

http://teruo310.air-nifty.com/teru/2011/08/post-ab93.html より

上記文抜粋
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君子の行(こう)は、静以(もっ)て身を修め、倹以て徳を養う。

澹泊(たんぱく)に非ずんば以って志を明らかにするなし。

寧静(ねいせい)に非ずんば以って遠きを到(きわ)むるなし。

夫(そ)れ学は須(すべから)く静なるべきなり。

才は須く学ぶべきなり。

学に非ずんば以って才を広むるなし。

静に非ずんば以って学を成すなし。

慆慢(とうまん)なれば則(すなわ)ち精(せい)を研(みが)く能(あた)わず。

険躁(けんそう)なれば則ち性を理(おさ)むる能わず。

年、時とともに馳(は)せ、意、歳とともに去り、遂に枯落(こらく)を成す。

窮盧(きゅうろ)に悲嘆(ひたん)するも、将復(はたまた)何ぞ及ばんや。





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抜粋終わり


自分でこれは書けばいいけど、まあ楽にしました。

henzyouhiryuu at 18:05 | 名言の備忘録  

こちらも怠けます・・・ 戒外甥

http://chugoku.no-mania.com/中国/諸葛孔明の名言 

上記文抜粋
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戒外甥書

それ志は当に高遠を存し、先賢を慕い、情欲を絶ち、凝滞を棄つべし。

庶幾の情をして、掲然として存する所あり、惻然として感ずる所あり、屈伸を忍び、細砕を去り、咨問を広め、嫌吝を除かしむれば、何ぞ美趣を損ぜん。何ぞ済らざるを患えん。

もし志、強毅ならず、意、こう概ならず、徒に碌々として俗に滞り、黙々として情に束ねられなば、永く凡庸に竄伏して下流を免れざらん。



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抜粋終わり


henzyouhiryuu at 18:04 | 名言の備忘録  

若い女に簡単に手を出す男は、あまり信用できない・・・。

晏子春秋 より

http://www006.upp.so-net.ne.jp/china/ansi6.html#24 

上記文抜粋
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景公、晏子の妻老いて且つ悪きを以て、愛女を納れんと欲す、晏子再拝して以て辞す。【第二十四】

景公に愛女がいて、晏子に嫁ぎたいと請うた。公は晏子の家で酒宴を開いた。
酒を飲むことたけなわで、公は晏子の妻を見て「これが奥さんですか」と言った。

晏子は答えて「そうです。妻です」と言った。

公は「ああ、何と老いてまた醜いことよ。 寡人に娘がいて、若くて綺麗である。あなたの宮に納れよう」と言った。

晏子は席を退いて答えて
「わたくしと長く連れ添いましたので、こんなになりました。昔は若くて美しかったのです。若い頃に老後のときのことまで契りを結びました。 君からのお誘いがあっても、その契りにそむくことはできません」
と言い、再拝して辞退した。

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抜粋終わり

渋くていい話です。


お読みくださりありがとうございます。

henzyouhiryuu at 18:04 | 名言の備忘録  

晏子春秋より

晏子春秋 より

http://www006.upp.so-net.ne.jp/china/ansi.html

上記文抜粋
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景公の愛する所の馬死す、圉人を誅せんと欲す、晏子諌む【第二十五】

景公は圉人に愛した馬を養わせたが、すぐに病んで死んでしまった。

公は怒って、官吏に命じて刀を取って馬を養った者を自ら酷刑にしようとした。このとき、晏子は前に侍っていた。

左右の者が刀をもって進んだ。

晏子はこれを止めて、公に問うて「古の堯舜が人を肢解するとき、 体のどの部分から始めたのでしょうか」と言った。

公は驚いて、回答に困り「寡人より始めた」と意味不明の回答をし、ついに肢解をやめた。

公は「獄吏にまかせよう」と言った。

晏子は「圉人はその罪を知らないで死ぬことになります。君のために彼に罪を知らしめてから、獄吏にまかせるようにしてください」 と言った。

公は「いいだろう」と言った。

晏子は罪を責めて
「なんじに罪は3つある。

公がなんじに馬を養わせたのに、これを殺した。

これが死罪の一つ目である。


また公が最も愛する馬を殺した。

これが死罪の二つ目である。


また公に一頭の馬のために人を殺させる。

人民がこれを聞けば、必ずわが君を怨むだろう。

諸侯がこれを聞いたら、必ずわが国を軽んじるだろう。

なんじは1回、

公の馬を殺して、 

公の恨みを人民に積ませ、

兵は隣国よりも弱くさせた。

これが死罪の三つ目である。よって獄吏に処分させるのだ」と言った。

公は驚いて嘆じて「夫子これを許せ、これを許せ。わしの仁慈の心を傷つけることのないように」と言った。


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抜粋終わり

で、今の日本はどうでしょう・・・・


私は平然と仁慈の心を、好き好んで傷つけているようい思えますけど・・・

そうでない人が生き延びるのでしょう。


お読みくださりありがとうございます。

henzyouhiryuu at 18:03 | 名言の備忘録  

2015年06月21日

一応大師縁日。 

一応今日は弘法大師縁日。

須磨寺に月参り。


毎度出店の赤飯を買っていたけど、今日は遅くなり買えなかった。


でも、まあ境内の青葉が綺麗でした。

ではまた。

 




henzyouhiryuu at 21:30 | 寺社巡礼とか  

2015年06月17日

荘子より 正義を掲げる「災いの人」 {人間世編}

http://www4.tokai.or.jp/kyuguan/rousi_syaka/17_06jinnkannsei%201html.html 

上記文抜粋
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 お前は徳を持ち、信は固いが、まだ他人の気持ちが分からず、名誉を求める気はないが、まだ人の心が分かっていない。
それなのに仁義道徳を暴君に論じたてるというのは、他人の悪事を種にして自分を飾ろうとするようなものだ。これを災いの人という。災いの人には必ずその災いが跳ね返ってくる。


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・・・・・・・・・
抜粋終わり


henzyouhiryuu at 11:36 | 名言の備忘録  

2015年06月06日

カルト海を渡る。 渾沌堂

現代を斬る より

上記文抜粋
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神道、国粋、慰霊、日蓮~全部ニッポン?

  法華系では「神天上の法門」と呼んで、神々不拝を説いた。末法の時代には、護法の善神はことごとく天に上っており、空家となった神社には魔が棲みついているとする。そのため神社を拝し神社に寄進することは、法華経をそしる謗法の大罪をおかすことになるとされていた。しかし鎌倉以来、皇室は真言宗の檀家となり、真宗でも日蓮宗でも、きびしい神々不拝は時とともに少数派の信念へと狭まっていった。(『天皇制国家と宗教』村上重良著P36より)

  鎌倉時代末期には、伊勢神官である度会による伊勢神道が生まれ、反本地垂迹説が唱えられるようになり、室町末期には吉田神道が「法華30番神信仰」を唱えた。こうして日蓮宗はその霊性を妨げられ勢いを失い、さらに江戸時代の本山制度の法度の中で息の根を止められて行ったのである。こうして霊的生命を失っていった日蓮宗各派僧侶は、明治維新直後に太政官が「妻帯せよ」と布告したのを受けて唯々諾々と取り入れたので、今日多くの日蓮宗僧侶は妻帯しているのである。祖師日蓮以来の反骨非妥協の血脈はどこへいったのか?世俗権力の教義への介入まで許してしまっている。

  日蓮の思想には明治国家にとって、いわゆる「不敬」にあたる内容が多くあった。例えば日蓮は「法華経を広むれば釈迦仏の使いぞかし、僅かの天照大神、正八幡なんぞと申す神は、この国には重けれど、小神ぞかし」(『種種御振舞御書』)と述べて、明治国家の絶対神たる天照大神を「小神」と呼んでいた。そのため明治元年、太政官は日蓮宗諸本寺に対して日蓮の本尊曼荼羅における天照大神の位置の低さを取り消すように通告した。すでに江戸時代に、祖師日蓮以来の独立独歩の姿勢を捨てていた日蓮宗諸寺はこの布告を唯々諾々と従ってしまったのである。

  こうして日蓮の教説を強引に歪めて、国体思想的に解釈する風潮が生じ、生まれたのが田中智学の「国柱会」であった。こうした大勢の中で、唯一日蓮の法統を引き継いだのが、当時3000人に満たない弱小団体、創価学会であった。1941年3月、「治安維持法」が改悪され「国家神道」による思想統制が強化。創価学会の座談会さえも特高警察の監視の下で行われるようになった。この圧力に宗門は屈し、全国の末寺住職檀家に伊勢神宮遥拝を命じた。しかし創価学会創始者、牧口常三郎はこれに反発し、43年5月遥拝のために配られた伊勢神宮大麻(お札)を拝むどころか、焼き捨ててしまった。牧口は「神道は邪教である」と叫ぶ。(神札事件)

  全国民が軍国主義とアマテラスにひれ伏していた時代の話であった。信仰に支えられていたとは言え恐るべき精神力である。この時代、投獄されたクリスチャンは多くいたが、これほど明確に真実を述べる事ができた人間はいなかった。かねてから牧口を狙っていた特高思想警察は、牧口以下幹部数名を「不敬罪」で逮捕した。牧口は拷問を受け、敗戦を前に責め殺された。幹部達も次々と転んでいく中、しかし2代目会長となる戸田城聖ともう一人が信心を守り通した。この3人による信仰は、戦後創価学会が爆発的に広まる基になったのである。(かんごのブログ、2011年10月27日)


 廃仏毀釈を推進した大日本帝国が満州国を建設した時に、記念写真に映っていた日蓮曼荼羅はおそらく国柱会のものでしょうか。日蓮曼荼羅は魔を取り込んで法華パワーで清め善化するという意図があるのかも知れませんね。私の神道の神棚と真言宗の仏壇は基本的には別だし、魔や小神なら拝まなければいいんじゃんとか思うのですが…まあ当時の社会状況もあるのでしょうが…一方神宮大麻を否定した牧口氏も天照皇太神の記された日蓮曼荼羅は拝むわけでしょう、不勉強なのでしょうがそんなに絶対的に素晴らしい筈の本尊である日蓮曼荼羅崇拝者の態度に、何故こうまでも違いが出てしまうのか、異教徒にはさっぱり解りません。

  こちらは政見ブログというより宗教ブログなので、今回は①日本神道②国家神道③戦災慰霊④日蓮主義、この4つはごっちゃにひとまとめにしないで分けて考えたら?というお話で、まず③戦災慰霊に対してこれをけしからん、やめろという人はまずいません。次に外国人観光客が来て、「ニッポンってホントにいい国ダ!」というのはこれは①日本神道によるのでしょう。従って神道には宗教だけではなく、日本語は勿論衣食住他の習俗も含まれるということでしょう。まあ神道という宗教もそうなのですが、日本の伝統習俗を受け継ぐ現代日本社会、これがいいものか悪いものかと問えばいいものだという声が圧倒的に多い。仏教徒の立場からいえば、そこには神仏混淆も含まれるでしょう。対して諸事情の存在した当時の昔ではなく、現在の情勢において、②の国家神道や④の日蓮主義、これは日蓮系宗教とは若干異なるその排他的な過激主義でしょうか、この2つはカルトのように私には思えます。

  ですから国家神道の復興存続を想起させるような靖国神社(これは前述したように元々日本神道ではない道教の死霊召喚術、招魂の寺院です)や創価学会内部における国家転覆思想とそのパワー、この2つは問題視しています。極右と創価、どちらも権力志向が強い全体主義に繋がる危険性を有していると思います。しかしこの②と④は①と③にぶらさがる寄生虫なので、槍玉に挙げられるのはいつも①と③なんです。いわく、靖国公式参拝はいけないといえば「戦災慰霊を蔑ろにするのか!」そうじゃなくて国家神道や日帝全体主義が復活しちゃったら危険なんですよ。この点がワンセットだから噛み合わない。また「絶対大丈夫」と保証する割には自爆顛末の多い日蓮主義がコケたら、謝るのはいつも日本神道の方なんです。潔く「どうもすいませんでした」・・・産経さんや朝日さんの論調を眺めていても、この4つを意図的にまぜこぜ、一体化していると思いますよ。「日本はイイ」「日本は悪い」って平行線・・・ファシズムに通じる国家神道と日蓮主義というカルトを排して、神仏混淆の日本神道をわが国の代表的文化様式と定めて、戦災慰霊も手厚く行えば内外収まるところも出てくるのではないかと考えるのですが・・・不勉強な卑見で失礼しました。




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抜粋終わり


> 法華系では「神天上の法門」と呼んで、神々不拝を説いた。末法の時代には、護法の善神はことごとく天に上っており、空家となった神社には魔が棲みついているとする。そのため神社を拝し神社に寄進することは、法華経をそしる謗法の大罪をおかすことになるとされていた。

なにか似てますよね。

http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-f830.html より

上記文抜粋
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 神社仏閣にいた「神々」はすでに立ち去っている

 たくさんの神社仏閣がありますが、そのほとんどは実際には何の役にも立っていません。それは過去の時代のものだからです。神社仏閣にいる神々、つまり古いマスターたちは、地球のアセンションのためにはもう役には立ちません。その多くはすでに立ち去っており、残っている存在たちの多くは、地球のアセンションのために何もするつもりもありません。彼らは供え物と崇拝を受け取るのに慣れ、(願い事という)人のエゴを利用して、物により人類を支配し続けることだけを考えています。

 一方でそれに代わり、霊的レベルやエネルギーレベルで次元変容を遂げた、高次元の存在や太古の神々だった存在たちが、アセンションに向けて人類やあなた方の国の救済のために、再び地球にやって来ています。それが、今のあなた方の国の現実です。


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抜粋終わり



上記文はアメリカ人の著作の邦訳のようです。


ほとんどそっくり同じでしょう。

どうも胡散臭く嘘くさいです。この手の神社・寺院批判。その神職僧侶の非行ではないですし。

神職や僧侶の非行の告発ではありません。

きわめて、恣意的な「聖なるものへの意識の操作」をしてまいます。



そもそもソウカが、結構アメリカに進出してます。

その思想が、こういう悪影響を与えてます。あるいはそういう風に吹きこんでいます。

スピ系の「神さん仏さんは寺社にいない」という発言。

実はソウカの遠隔的洗脳かもしれません。

>しかしこの②と④は①と③にぶらさがる寄生虫なので、槍玉に挙げられるのはいつも①と③なんです。いわく、靖国公式参拝はいけないといえば「戦災慰霊を蔑ろにするのか!」そうじゃなくて国家神道や日帝全体主義が復活しちゃったら危険なんですよ。

>この点がワンセットだから噛み合わない。また「絶対大丈夫」と保証する割には自爆顛末の多い日蓮主義がコケたら、謝るのはいつも日本神道の方なんです。潔く「どうもすいませんでした」・・・産経さんや朝日さんの論調を眺めていても、この4つを意図的にまぜこぜ、一体化していると思いますよ。

>「日本はイイ」「日本は悪い」って平行線・・・ファシズムに通じる国家神道と日蓮主義というカルトを排して、神仏混淆の日本神道をわが国の代表的文化様式と定めて、戦災慰霊も手厚く行えば内外収まるところも出てくるのではないかと考えるのですが・・・不勉強な卑見で失礼しました。

然りですよね・・・

靖国改造案の山伏版

あとは鎮霊社の拡大でしょう。これは新井先生も書いてられます。

まあ眠いので今はこれにて。


お読みくださりありがとうございます。

henzyouhiryuu at 12:28 | 政治とか  
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